コラム:時代を見分けよ
「コラム:時代を見分けよ」
かつてあの戦争の頃、日本やドイツなどにおいて、ナショナリズムが高まり、国全体が右傾化し、図の右下の方向に向かったことで、全体主義国家が誕生することになりました。そして、国々の様々な思惑が絡み合う中、世界大戦へと発展した結果、破壊と悲惨がもたらされることになりました。
もちろん、問題は敗戦国だけにあったわけではないのでしょうが、しかしその反省から、人々は戦後、国が右下の方向に向かうことに強い警戒感を抱くようになった一方、その反対側の価値観こそが善であり、平和をもたらすに違いないと考えるようになりました。
そして、国連を中心として、特に西側の国々が、メディアやグローバル企業などと共に、左上の価値観、つまりリベラリズムとグローバリズムを重視するようになりました。その傾向は次第に強まり、今では世界経済フォーラムに集まるようなグローバルエリートたちが大きな影響力を持ち、彼らに引っ張られるようにして、世界はいよいよ左上の方向に向かって突き進もうとしているような状況です。(もちろんBRICSのような反対勢力もありますが)
一体何故、パリオリンピックの開会式で、「最後の晩餐」をパロディーにするという、キリスト教を公然と冒涜するようなことが世界に向けて発信されたのでしょうか。
それは、フランスをはじめとする西側の価値観が、もはや宗教や伝統にとらわれない、むしろそれを破壊しようとする極端にリベラルなものになりつつあり、それが今や公然と世界に押し付けられようとしているからではないでしょうか。
確かに、「リベラル」には「自由主義」といった意味があり、リベラルそのものが悪いわけではないでしょう。しかし、行き過ぎた何でもありの自由は無秩序と破壊をもたらすということ、また極端な左傾化は共産主義化を意味すること、さらにはこの世界が左上の方向に向かって突き進んで行った時、その先に待っているものは何かと言うと、恐らくそれはグローバル全体主義(地球規模の監視及び管理社会)であり、黙示録13章が警告する獣の時代のような世界であるということを、私たちは心得ておくべきではないでしょうか。
つまり、私たちは国家が右下に突き進むことと同様、世界が左上に突き進むことにも警戒すべきなのです。
もしも、私たちがメディアを信じて疑わず、テレビや新聞の情報をそのまま鵜呑みにし、国連こそが正義であると考え、その国連と歩調を合わせている西側に属する自分の立ち位置が常に正しく、中立的で、公平公正であると考えているとするならば、私たちは大きな勘違いをしているのかもしれません。
この図を見れば一目瞭然であるように、明らかにその立ち位置は中立ではなく、偏っているからです。
残念ながら多くの人々が、牧師やクリスチャンも例外ではなく、これを自覚せず、報道の自由度ランキング70位という悲惨な日本にあって、偏ったメディアの情報を鵜呑みにし、自分は正しい情報を得、正しい判断をしていると信じ込んではいないでしょうか。
しかし、そのままでは私たちはいずれ、あの最後の晩餐の冒涜的なパロディーを見た時に、「何と多様性に富んだ進歩的な演出なのか!」と感嘆の声を上げることになるのかもしれません。
「あなたがたは地と空の様子を見分けることを知っていながら、どうして今の時代を見分けようとしないのですか。」
ルカの福音書 12章56節
※記事の内容は個人の見解であり、所属団体の見解を示すものではありません。
(文責:田中)